子育ては自身をもってやってあげて

いまの母親が育児が苦手なのは、きょうだいが少なくて、幼い子の世話をした経験がないからと、よく言われています。

赤ちゃんに接するのはもちろん、抱くのも初めてという人がほとんどのいま、それも確かに言えることかもしれません。

でも、だからといって「私には育児は無理」と自信をなくしてしまうことはないと思います。「昔はよかった」「昔の母親はもっとしっかりしていた」と言われたところで、すでに時代背景も違いますから、それをいちいちあげつらって「だからいまの母親は」と責められても、結局はしかたがないことでしょう。でも、お母さんたちにも幼いころの日々はあったはずですし、多感な思春期、青年期をへて、いまの自分ができたはずです。

育児は必ずしも特別な知識を必要としません。むしろ大事なのは「知恵」で、それは親自身が自分の育ってきた道のりをふり返ることのほうがずっとたいせつではないでしょうか。

たとえばあなたが子どものころ、親にされてうれしかったこと、いやだったことを思い出してみてください。なにげない親のひと言に子ども心が傷ついたこともあるはずですし、喜んだこともあるでしょう。そうした自分の過去を思い起こせば、いま目の前にいる子どもへの共感も、自然に生まれるのではないでしょうか。逆に子どもに完壁さを求めたり、失敗を必要以上に責めたり、自分にもできなかったことを子どもに課したりということもなくなると思います。

子供の持つ力を信じる

もう一つ、親になった人たちに知っておいてほしいのは、「子どもってけつこう強い。心配しなくてもちゃんと育つんだ」ということです。
前にもお話ししたように多くのお母さんは「育児は母親の責任」と思い込んでいるようですし、社会もまた、母親の愛情を絶対視していますね。子どもは女性のもの、母親のものとして、男性も社会も育児から遠ざかり安閑とすることを許してきたことも、大きな問題です。

こうした常識がお母さんたちを縛っているのはもちろんですが、それ以上に危険なのは、この考え方がお母さんたちから自分の弱さ、もろさを自覚するチャンスを奪ってしまうということです。「自分の愛情が絶対」という思い込みは、ときとして夫さえも足を踏み入れることができないほどの母子密着の殻をつくり上げますし、母子がんじがらめの「アブナイ一体感」を生みだしかねません。

同時にこれは、子ども自身の育つ力を見のがす大きな要因ともなるでしょう。「こんな子に育ってほしい」という裏側には、「私がこれだけやっているのだから」という気持ちがひそんでいませんか?もしそうだとしたら、やはりいま一度、自分の子ども時代をふり返ってみる必要があります。今度は反省とともに、ですね。

自分の生きてきた歳月に、いとおしさとともに反省の目を向けることができれば、子どもの成長に心からの理解と共感を持つことができるでしょう。親のあたたかいまなざしのもとで、子どもも不思議なくらい生き生きとその子なりの個性を発揮して、着実な歩みで育ってくれるはずです。子どもにはもともと、自分で育つ力もあるのです。それをいつも忘れないようにしたいものですね。

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